【ヘタリア猫卓】ゆめみるねこ【第3セッション後日談2】
※この記事はヘタリアにゃんこCoC動画第3回セッションの後日談小説です。
※セッションではありません。お国の皆さんは登場しません、猫しか登場しません。
※そういう余計なの別に知りたくない、動画だけで良いっていう人は退避をお勧めします。
※腐向けの意図は皆無です、ただの猫の戯れです。
※しかしクトゥルフらしく、ちょっと仄暗いです。
※ほのぼの猫を求めて来た人は裏切られる可能性があります。
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キクは、自分が今何年生きているのか知らない。
他の猫たちは、だいたい季節をいくつ経験したかで自分の歳を分かっているものだが、キクは変則的な世界に生きているのでそういう数え方ができないのだ。
キクはドリームランドと覚醒の世界を行き来する『夢見る猫』だった。
ドリームランドで季節を丸々ひとつ過ごしたと思ったのに帰ってきてみたら一晩しか経っていなかったり、ちょっとドリームランドを覗いただけで覚醒の世界では季節がみっつ過ぎ去っていたりするのだ、数えようにも数えられない。
どの時間軸が自分の体に蓄積されるのか分からないので、もしかしたらキクはものすごく長生きなのかもしれないし、逆にものすごく若いままなのかもしれなかった。
普段は安全な場所で目を閉じている。
安全な場所、というのは、今ではとあるニンゲンの家のことだ。
ずっと前、家をひとつに決めずにあちらこちらを適当に渡り歩いていたころ、路地裏でそうやっていたら野良犬に吠えられて腰を抜かした。キクには特に拘りはないので、それ以来ニンゲンの家をひとつ選んで覚醒時の住処に決めたのだ。
突然居座るようになった猫に対して、そこの家のニンゲンは、あまり関心がなさそうだった。撫でられることならたまにあるが、抱き上げられることなんてないし、おもちゃで遊んでもらったことなど皆無だ。
けれど彼は、何気ないふうで餌をちゃんと毎食出してくれるし、寝床を常に綺麗に整えてくれる。そして、キクが長期間留守にしていきなり戻ってみても、寝床も餌皿も撤去されず同じ場所に置いてあるのだ。
干渉されずに必要なものだけ適切に用意してもらえる、キクにとっては素晴らしく理想的な環境だった。
なので、それを与えてくれる彼に敬意を表するために、今ではキクは自分のことを「飼い猫だ」と言っている。
ちなみにキクという名も、彼がそう呼んでくれるのを使っているのだ。以前の名前はもう忘れた。そもそも以前は自分に名前などあっただろうか?
キクはドリームランドも覚醒の世界も好きだったし、それ以上に、自分の頭の中にある世界が好きだった。
自分の頭の中にはこれまで見たことのあるすべてが存在するし、そういうのを元にすれば見たことないものだって創りだせる。
それはとても幸せなことだったが、キクは時々、一体何が本当に実在しているものなのか分からなくなる。
覚醒の世界、夢の世界、そして自分の瞼の裏の世界、そのどこにいたって、感じようと思えば味も匂いも快楽も苦痛も感じられるし、感じまいと思えばすべて感じずにすむのだから。
ある日キクはひどい目に遭った。
世界が崩壊するような、自分が崩壊するような、そんなひどい目だ。
そんな状態にあっては自分を律することなどできず、ただキクは周囲のすべてに敵意を向けて遠ざけた挙句に目を閉じて引き籠った。
瞼の裏にはよく分からない世界がぐるぐる渦巻いている。自分の頭の中の世界にそんな裏切りをされるとは。
とにかくじっと目を閉じ、それでも耐え切れず時々その世界を(つまり自分の頭を)ぶち壊したい衝動に駆られ、自分の作った幻に牙を剥き、爪を立てた。空腹を感じれば近くにあるものに噛み付いて飲み込んだ。眠気は感じなかったが、それはきっと自分が本当はずっと眠っていたからだろう。
時間という概念はキクにはなかった。キクにとってはひとつの季節が一晩で、一瞬が永遠だった。
だから、自分がどのくらいの時間をそうやって過ごしたか、キクは知らない。
次に目を開けたとき、キクは自分が飼い主の膝の上で丸くなっていることに気付いた。
とても驚いた。
まったく違う世界がふたつ、突然乱暴に継ぎ合わされたようだ。
キクの静かな驚愕に気付かない飼い主は、片手で本のページをめくりつつ、もう一方の手では何の気なしにという感じでキクの背を撫でている。
不思議だ。彼はこんなことをするようなニンゲンではなかったのに。そして自分も、こんなことをされるような猫ではなかったのに。
急に気恥ずかしく思い、キクはぴょいとその膝から飛び降りた。
飼い主は置き場のなくなった手を中途半端に宙に浮かせたままこちらを見る。
『……キク?』
キクはニンゲンの言葉はよく分からないが、名前を呼ばれていることや、そこにどんな感情が含まれているかくらいは分かる。
だからキクは返事のために、にゃあと一声鳴いた。
飼い主はしばらくキクを見つめたあとにクスリと笑い、また本に視線を戻してもうこちらを見なかった。
「あっキク! キクじゃないか! 久しぶり! ようやくまた俺と遊んでくれる気になったのかい!」
外に出た途端にアルフレッドに捕まった。
久しぶり、ということは、自分はずいぶん長い間目を閉じていたのだろうか? しかしこの元気な野良猫は、たった2日会わなかっただけで「久しぶり」と言うので、その判断は別の猫に会ってからにしようとキクは思った。
「ねぇキク、アーサーのところ行こうよ!」
アルフレッドがうきうき言う。キクは少し驚いた。
「アーサーさん? 彼、もうお元気になったのですか?」
それを聞いたアルフレッドは不審げに首を傾げた。
「元気に? アーサーが?」
「え?」
常に今この瞬間に生きているこの野良猫は、もう忘れたのだろうか。謎の強迫観念にとりつかれて毛繕いを止められなかった可哀想な飼い猫のことを?
「ええと……」
「お元気になったのは、キク、君だろ?」
「え?」
彼とはたいていいつも会話が噛み合わないが、しかしさすがに噛み合わなすぎて、キクは黙った。
アルフレッドは変な顔をしたままでウーンと唸り、けれど説明が面倒だったのか「まぁいいか!」とにっこり笑って叫んだ。
「とにかく行こうよ、君が出てこない間、アーサーのやつホントに面倒臭かったんだ!」
「あっキク! 元気になったのか!」
アーサーのところでも同じことを言われたキクは、認めざるを得なかった。元気じゃなかったのは自分なのだ。一方のアーサーは、見るからに元気なことだし。
自分はただちょっと悪い夢を見ていた程度の気分だったのだが。……やっぱり自分には、何が本当で何が夢かの区別がついていないのだ、とキクは思った。
つやつやな毛並のアーサーは、気遣わしげにキクを見ている。何か言いかけたが、それをアルフレッドが遮った。(たぶん彼は自分がアーサーの言葉を遮ったとは気付いていないだろう)
「ねえキク、ルイスのとこにも行かないかい?」
「あ、ああ、ええ、ルートヴィッヒさん。そうですね、行きましょうか……」
この挨拶回りは何なんだろうとは思ったが、でも自分はどうやらしばらく元気じゃなかったらしいから、何か心配をかけたのだろう、とキクは素直に頷く。
「アーサーも一緒に行くかい?」
「んー……いや、……俺は、遠慮しとく」
「え、なんでだい?」
「……昨日雨が降ったから。足が汚れる」
「もー! 君はまたそうやって!……そうだ、じゃあルイスんちまで、地面に降りちゃ駄目ゲームする? 塀の上だけ伝ってくのさ!」
「やだよ! いいからとっとと行け!……あー、じゃなくて、キク、えっと、ルートヴィッヒによろしく」
「ええ、はい。伝えます」
中途半端な笑顔でそう答えると、アーサーも頷いてちょっと笑った。
ルートヴィッヒの家に向かう道すがら、アルフレッドがうるさく誘うので結局『地面に降りちゃ駄目ゲーム』に付き合うことになった。
キクはこういうのはあまり得意ではないが、それはアルフレッドも同様だったらしく(この野良猫は案外どんくさいところがあるのだ)、同じところで次の塀に飛び移れずに地面に落ちてしまった。
「あー! 惜しい! ねえキク今の惜しかったよね!」
「ええそうですね」
「もう1回アーサーんちからやり直す?」
「えっ。い、いえそれは……」
「じゃあここからやり直す!」
「では私は、次こそアルフレッドさんが成功するように下から見てご助言いたします」
「おお! オッケー、よろしく!」
そういうわけでアルフレッドが塀の上を渡るのを、キクは地面から追いかけつつ適当な部分で「ここは先ほどより幅があるようですよ」とか「一度あちらに飛び移ってみては?」とか声をかけた。
無事にルートヴィッヒの家に辿り着くと、アルフレッドはとても満足気に「さすがヒーロー、不可能はない! キク、君のサポートに感謝するよ!」と真っ直ぐに笑ったので、あしらって逃げた自覚のあるキクは少しだけ後ろめたかった。
ところがルートヴィッヒは不在だった。出掛けているらしい。
彼はアーサーとは違って、たとえ窓が閉じていたとしても自分で開けて躊躇なく外に出るタイプの猫なのだ。(以前彼からその技術を教えてもらおうと思ったのだが、窓を開けるのには結構コツと力と練習が必要なことが分かったので、キクは早々に諦めた)
「うーん、どこにいるかなー。よし、じゃあ先にギルバートを探そう!」
「……そうですね」
アルフレッドと一緒に行動すると、彼に連れ回される以外に道はない。
キクは大人しくアルフレッドに従ってギルベルトを探す旅に出た。
幸いなことに、ギルベルトはすぐ見つかった。
彼は目立つ猫なのだ。
というか、あんな高い木の上で嬉しげに伸びをしている白猫なんてギルベルト以外ありえない。
アルフレッドとキクが彼に気付くと同時に、ギルベルトもこちらに気付いた。
「ん、あ? お! キクか!?」
「え? キク?」
さらに幸いなことに、ルートヴィッヒも一緒だった。彼はギルベルトより少し低いところの枝に座っていて、ギルベルトの言葉に反応してこちらを見た。
「キク! 久しぶりだな」
「……ええ、どうもこんにちは」
「コンニチハ? こんにちはってお前、ケセセ! 相変わらずだな!」
2匹は枝を伝いながら降りてくる。
「ギルバート、ジャンプジャンプ!」
アルフレッドが楽しげに煽った。
「よっしゃ! 見てろ!」
「えっ、おい馬鹿……!」
簡単に乗せられてギルベルトはバッと飛び降りる。ルートヴィッヒの制止は残念ながら間に合わなかった。ギルベルトが踏み切った枝はあまりにも高すぎたので、彼は地面に辿り着くまでに1回転半した。
そしてきちんと4本の足で着地してみせたので、アルフレッドとキクは素直に「おおー」と感嘆の声をあげたが、本人は変な顔で3秒ほど身動きせずに黙っていた。
「おい大丈夫か? まったくなんと軽率な……」
しかめ面で諌めるようなことを言いながら、ルートヴィッヒが適切な枝を伝ってゆっくり降りてくる。
「ちょっと痺れただけだぜ!」
ギルベルトは何度か足踏みしつつ拗ねた顔で叫んだ。
「それよりもキクお前、元気そうじゃねえか!」
「あ、はい、おかげさまで」
「オカゲサマ? 俺様なにもしてねえけどな! お前が勝手に自力で元気になっただけだぜ!」
「ああ、ええ……」
「でも本当に、以前通りみたいだな。良かった」
何故かルートヴィッヒが片手で顔を洗う仕草をしながらそう言った。キクの代わりにアルフレッドが、自分のことのようにニコニコ笑って返事をする。
「うん! これでみんな元気で揃ったね!」
「おい待てアーサーを忘れている」
「アーサーにはさっき会ってきたんだぞ!」
「へ、そうなのか? でも一緒には来なかったのか? なんで?」
「足が汚れるのが嫌なんだってさ!」
「ああ……彼らしいというかなんというか……」
「じゃあ、もっかい全員でアーサーんち押しかけようぜ!」
「おーナイスアイディアなんだぞ!……ねぇギルバート、アーサーんちまで地面に降りちゃ駄目ゲームしない?」
「なんだそれ超面白そう!」
「面白いぞ! ちなみに俺はもうこのゲームのプロさ!」
「マジで」
「ルイスもする?」
「俺は遠慮しておく」
「なんで?」
「ここからアーサーの家までだと、リッチストリートを渡るところで絶対に地面に降りる必要があると思う。必ず失敗するゲームはゲームとして成立しているか?」
「なんかルイスがややこしいこと言ってるんだぞ!」
「おう、気にすんな。じゃあそこの塀からスタートな!」
「キク、俺たちは普通に向かおう」
ぽんぽん交わされる会話を漫然と聞いていたら突然呼ばれて、キクはぴくっと飛びあがった。
「えっ、あ、はい」
「……あ、キクもしたかったのか?」
「え! いえいえ、実は……先ほど少しお付き合いしまして、ですから、もう」
「そうか」
見上げると野良猫2匹はすでに塀の上におり、なんだかんだと作戦会議をしている。
隣ではルートヴィッヒが露骨に呆れた顔をしながらも、薄く笑っている。
キクはふと眩暈を感じた。
幸せな眩暈だ。
なんでもない日常の、なんでもないやりとり。
これは現実だろうか? それとも夢?
「よし俺らこっちから行くから! 競争な!」
「勝手にやっていろ。キク、行こう」
「はい」
夢でも現実でも、どっちでもいい、とキクは思った。
どちらにしろ、もうしばらくはこの世界にいられるだろう。それに……もしこれが夢で、あっという間に醒めてしまったとしても……
記憶さえあれば、目を閉じるだけで自分はまた簡単にこの世界に戻ってこれる。
まずはアーサーの家に行って、そこでまた大騒ぎしよう。
それから……そうだ、あの小さなブチの子猫にも会いに行こう。彼は今この世界にはいないけど、思い出せばすぐ会える。
だから、大丈夫。
キクは走り出す前に一瞬だけ目を閉じた。
その一瞬は、本当は永遠なのかもしれないけど……
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そう、思い出せばすぐ会える。パセリにも、この5匹の猫たちにも。
(露骨な再生数稼ぎ)