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【ヘタリア猫卓】ねこさがしねこ【小話本書き下ろしweb再録・後日談3】

※この記事はヘタリアにゃんこCoC動画第3回セッションの後日談小説です。
※2019/10に発行した再録本『A cat has nine lives.』のため書き下ろした話です。完売から1年経ちましたのでweb公開します。
※セッションではありません。お国の皆さんは登場しません、猫しか登場しません。
※そういう余計なの別に知りたくない、動画だけで良いっていう人は退避をお勧めします。
カップリング等腐向けの意図は皆無です。ただの微笑ましい猫の戯れです。
※当ブロマガの右メニューにてカテゴリ分けをしています。小説だけ読みたい方は、そちらから小説記事のみご覧ください。






最近この街の猫たちの間に不穏な噂があった。
闇のような怪物がうろついているというのだ。
直近それに遭遇したのは隣の縄張りの猫で、こういう事案があるとボス猫リカルドが情報共有してくれたのだった。
それによると、現れる怪物は闇夜のように真っ黒で輪郭は曖昧模糊として見えず、捻れた位置に大きな瞳が爛々と輝いており、ひとたびそれと目を合わせてしまうと身動きができず、そしてそんな硬直する猫をそれはしばらくじっと観察してからふと消え去るのだそうだ。視線から解放されれば特に何の問題もなく動けるようになる。
ただそれだけなので目に見える実害はない。
実害はないが、多数の猫が遭遇していることもあって猫たちの不安を煽る出来事なのは間違いないし、その怪物の目的が何なのか分からない以上本当に害が出ていないと言えるかは不明だ。
「どうやらこの街の縄張りを端から順に回ってるみたいだな。次はお前らのところに行くかもしれない。正体も目的も分からねえが、とにかく注意しておいた方が良いとは思うぜ。……ああ、ベンジャミンの爺さんにもよろしく言っといてくれ」

「そういうことなんだよ! つまり事件だ! 俺たちの出番ってわけさ!」
挨拶も抜きにアルフレッドはものすごい勢いで経緯を捲し立てた。騒々しく呼び立てられて抜け出してきたルートヴィッヒは圧倒されてしまい、「ハァ、そうか」と間抜けな相槌をようやく打った。
「害が出てないからっつって放置するには不穏な話すぎる。早めに調査して対策すべきだぜ!」
内容だけならもっともらしく深刻そうだが、それを言っているギルベルトはただ面白がっているだけなのが丸分かりの顔をしている。
「なるほど。それで……まず何をするんだ?」
すでに何か考えがあるならと思って試しに聞いてみると、アルフレッドは目を丸くして首を傾げた。隣でギルベルトが吹き出して笑う。なるほど具体的には何も考えていなかったらしい。
思わず溜息を吐きそうになり、慌ててそれを飲み込んだがアルフレッドはムッとした顔になって胸を張った。
「とりあえずね、」
「ああ、とりあえず?」
「とりあえず、アーサーのところに行くぞ!」
ギルベルトがもう我慢できないというようにゲラゲラ笑い、「ナイスアイディアだ!」と言った。

そしてアーサーのところへ向かった。
彼はいつも通り室内で安穏としていて、この野良猫界隈を密やかに揺らす事件については当然ながら何も知らなかった。
「そんなことがあるのか、こわっ」
そして別に自分には関係ない場所の話だと思っているらしく、怖いと言いながらその声色に恐怖は微塵もなかった。アーサーにしては珍しく察しが悪い。
「そういうわけで、調査しに行くんだぞ!」
「そうか」
「君も行くんだぞ?」
ルフレッドがニコニコとそう言い放ってようやく巻き込まれそうになっている自分に気付いたアーサーは、顔を顰めてギルベルトとルートヴィッヒを見る。
「は? オイ、え? お前らもやる気か?」
ギルベルトは答えずにまた大笑いしている。ルートヴィッヒは多少きまり悪く溜息を吐いた。
「止めても無駄だろう……」
「止めても無駄だろうが、それで、お前らは付き合ってやるのか? お人好しか?」
「えっ? アーサー来ないつもりかい? なんで?」
「なんでもクソもあるか! わざわざ不穏に頭突っ込む趣味はねえよ!」
ルフレッドは首を傾げ、それから口を尖らせた。
「ふうん。分かったよ……じゃあキクを誘うからいいさ……」
ルートヴィッヒは吹き出しそうになったのをぐっと堪えた。隣でギルベルトも喉から「ンギュゥ」と変な音をさせている。
ルフレッドのこういう台詞はアーサーによく効く。アーサーという猫は、気取ってみせるわりには仲間外れを嫌がる部分があるのだ。キクは押しに弱いので十中八九この調査団に参加することになり、そうしたらこのいつものメンバー内でアーサーだけが除け者になってしまう。きっとアーサーはそれを忌避するだろう。
そして、それをアルフレッドが分かってやっているわけではないことが一層可笑しい。彼は本当にただ「みんなでやる」「そのリーダーを自分がやる」が好きなだけなのだ。だからキクを引き合いに出したのはアーサーへの嫌がらせでも嫌味でも煽りでもないのだが、案の定アーサーはすごい顔をして忌々しげに鼻を鳴らした。
「あ? お前キクにまで厄介事持ち込むんじゃねえよ!」
「え~!? 別に厄介事じゃないだろ、愉快な調べものだぞ!」
「……キクを連れ出すなら俺も行く」
ルートヴィッヒはおや、と思った。普段のアーサーならもっと捻くれた言い訳を捏ねくり回しながらついてくるはずだが、彼がこれほどストレートに意見を翻すのは珍しい。
「本当かい! ハハハ、やったー!」
あっけらかんと喜ぶアルフレッドを、アーサーはじろりと睨んでついでに彼のふさふさの尻尾を踏んだ。
「ワア! なんだい!?」
「いいか? キクは俺の友達なんだよ。友達を妙なことに巻き込む不調法の輩には監視が必要だろ」
「ひどい言い草だなあ! ところで俺もキクの友達だぞ!」
ルフレッドは笑っているが、ルートヴィッヒはアーサーの主張を聞いてほんの少し肩を竦めた。しばらく前の危険な冒険を思い出したのだ。そのときアーサーは不参加で、そして最終的にキクはダメージを負った。事件後のアーサーは何が起きたか根掘り葉掘り聞くこともなく、ただ心配そうにキクの様子を窺っていただけだったが、やはり思うところがあったのだろうということを今になってルートヴィッヒは知った。
「よーし、それじゃあみんなでキクんちに行くぞー!」
能天気なアルフレッドが嬉しそうに号令をかけた。

ところが隣家の飼い猫キクは不在だった。しばらくうろうろして窓から中を覗き込んだが、人間の気配はあるものの猫の気配はなかった。
ギルベルトが「あー」と気の抜けた声を漏らす。
「こりゃアレだな、あっち行ってるな」
「……そうだろうな」
「あっち? どっち? あっ、ドリームランドか! も~、じゃあ仕方ないかぁ、キク抜きで始めようか!」
いざ作戦会議とアルフレッドが仕切り直したところで、出鼻を挫くようにアーサーが言った。
「じゃあ俺は帰る」
「ハァア!? どうしてそうなるんだい!?」
「キクがいないならお前の無茶を監視する必要ねえし?」
「も~~~!」
ルフレッドはごねたが、アーサーはあっさりそれを振り切って自宅へ戻っていってしまった。まぁそうなるだろうな……と思いながらルートヴィッヒがちらりと隣を見ると、同じように中途半端な顔をしたギルベルトと目が合ったので揃って苦笑した。まぁそうなるよな。ああ、まぁそうなるだろうな。
「おら、仕方ねえから俺らで調査すんぞ、少数精鋭だ」
『少数精鋭』の言葉の響きに、アルフレッドはすぐ機嫌を直した。

さて、作戦会議とは言ってもできることは限られているので立てる作戦もない。
まずは実際にその謎の怪物に遭遇した猫から直接話を聞くことにした。この縄張り内ではまだ遭遇例がないので、とりあえず隣の縄張りにお邪魔して聞き込みを開始する。
「なぁ、最近噂のあの怪物、会ったやつ知ってるか?」
「あ、俺、会ったよ」
驚いたことにかなりの遭遇率だった。話しかけた猫のほとんどが「自分も夜に闇のような何かに見つかって検分された」と言った。
「これはさぁ……裏で何かマズいことが進行してるんじゃないかい? どう思う?」
「ああ、めちゃくちゃ不穏だ。遭遇者が多すぎる」
しかし一方、実際に遭遇者と話してみて感じたのは、その怪物に敵意はあまり無さそうだということだった。ただじっと見つめられて、それだけ。遭遇時に命の危機を感じたという猫は少なかった。
「変なの!」
ルフレッドが困惑した顔で叫んだ。どうも掴みどころがない。
もう少し範囲を広げて情報を集めよう、ということでギルベルトは鳥にも声を掛けて話を聞いたが、鳥たちはそんな怪物の噂すら知らなかったし目撃者も遭遇者もいない。
ならば、と今度はアルフレッドが犬と話せる友人を訪ねて情報を求めたが、こちらも同様に空振りだった。
「うーん、駄目だなあ! 全然進展しないぞ! 情報がない!」
「情報がないということは……つまり遭遇しているのは完全に猫だけか」
ふと漏らしたルートヴィッヒの言葉に、アルフレッドとギルベルトが顔を上げた。
「あ! そういうことになるのかな」
「猫の遭遇率だけが圧倒的だ、そうなんだろうな。つまり、ヤツは相手を見てちゃんと狙ってるってことだ」
「猫を」
「そう、猫を狙ってる」
三匹は顔を見合わせて少し黙った。
「……もう夜も近いぞ。即座に危険ってわけでもなさそうだから、俺たちも遭遇できるか試してみないかい?」
相変わらず猪突猛進がお得意なアルフレッドが提案した。
ルートヴィッヒは答えずちらりとギルベルトを窺う。この軽薄で鉄砲玉のような薄汚れた猫は、不意に妙な慎重さと頑固さを見せることがあるのだ。
案の定ギルベルトはニヤリと笑って「オーケー。ただし飼い猫ちゃんはご帰宅のお時間だ」と予想通りのことを言う。ルートヴィッヒは溜息を吐いた。
「……分かった」
「おっ! 素直だな!」
「だが俺もここまで付き合ったんだ、気になるから報告はしてくれ」
「おう、いいぜ! ケセセ!」
「明日だ」
「分かってるって!」
そういうわけで本日のルートヴィッヒはここで一時離脱となった。大人しく家に帰り、柔らかい食事を与えられ、ご主人に撫でられ、温く安全な寝床で眠りについた。
野良猫たちは今ごろ怪物と遭遇しているだろうか……

翌日再び合流したルートヴィッヒは、野良猫二匹の表情を見て首を傾げた。うまくいったのかいかなかったのかよく分からない顔をしている。
「遭遇できたのか」
聞いてみると、アルフレッドが不満げな顔で叫んだ。
「できなかった!」
「そ、そうか」
「だが有力情報を入手したぜ」
横からギルベルトが口を挟む。こちらも微妙な表情のままだ。
「あのあと会った猫が言ってたんだが、そいつは怪物の声を聞いたらしい」
「声を?」
「そう。そいつもこれまでのやつと同じように遭遇して、ただじっと見られたんだけどな、怪物が立ち去る直前に」
「みつからないなぁ~だってさ!」
「ん?」
「『見つからない』、っつったらしいんだよその怪物が」
「見つからない……? それは、探しているということか? 特定の猫を」
「そういうことだろうな」
なるほど、とルートヴィッヒは頷いた。
「だからこれまでは特に害らしい被害も出なかったのか」
「問題は、その探してる猫に対して怪物がどんなアクションを取るかだぜ」
ルートヴィッヒは少し考えた。
怪物はかなりの精度のローラー作戦で猫を検分している。目的の猫を見つけてしまうのも時間の問題だろう。だがそれを阻止する必要性はどれほどあるか? 猫を探して彷徨う怪物の目的は何だろう? 恩返しか、復讐か?
顔を上げると野良猫二匹と目が合った。ああ、恐らく彼らも同じことを考えてこんな妙な顔をしているのだ。
ンー、と声をあげてみせると、アルフレッドが真似をしたので揃ってしばらくウーンウーンと唸り合った。
そして唐突にアルフレッドが笑った。
「そういう難しい話はいいや! とにかく俺はその怪物に会ってみたい!」
ギルベルトも吹き出して笑う。
「ああそうだな、それがいいな。そいつが目的の猫に会っちまう前に、俺らが先に会えば良い。それで、誰を探してるのか、探してどうするのか直接その怪物ちゃんに聞いて、協力するか成敗するかはそこで決めようぜ」
またそんな無策な無鉄砲な、と思わなくもなかったがそれ以外に提案できる行動もない。ルートヴィッヒも苦笑して頷いた。

特に目的地もなく、ただ怪物が自分たちを見つけてくれるよう祈りながら街をうろうろと歩く。
その途中、ふとアルフレッドが言った。
「そうだ、調査の中間報告をしに行こう」
「誰に?」
「アーサー!」
そういうわけで彼の家に寄ってみると、なんとそこにはキクが帰ってきていた。何か深刻そうな顔で話をしている。
「キクだ! やあやあ、昨日君んちに行ったんだけど会えなかったんだよ、ここで会えるなんてラッキーだね!」
嬉しそうなアルフレッドが全く空気を読まずに乱入すると、二匹はぱっと振り返ってどこかほっとした顔を見せた。
「ああご無事でしたか、ちょうど良いところに、」
「ゴブジ? 何がご無事だ、当然だろ! 俺らが無事じゃねえことあるか?」
雑に絡んで楽しげに喚くギルベルトを抑えつつ、ルートヴィッヒはキクを促す。キクは困った顔で頷いて続きを言った。
「あの、今アーサーさんにもお話していたんですが……我々のことを探している方がいるみたいで」
ルートヴィッヒは息をのんだ。野良猫二匹もピタリと動きを止める。
「ドリームランドで知り合いから教えてもらったんですが、私たちのことを聞いて回る猫がいたらしいんです。探していると言って」
「え、猫? 猫なのかい? 誰だろ?」
「いえ、それが分からないんです。ちょっとなにか不安を感じましたので急いで帰ってきたところで……みなさんもお心当たりはないですか……?」
「いや、おう、無いというか……あるっちゃあるけど……」
ギルベルトが曖昧に答えるとキクは目を丸くした。
「え、あるんですか?」
そこで三匹はキクとアーサーに当初の目的である調査の中間報告をした。最初ポカンとして聞いていたキクは、その怪物が漏らしたという「見つからない」の言葉ですぐ理解して深刻な顔をした。
「実はウルタールの猫の誰かが『そいつらなら覚醒の世界に住んでいる』と教えてしまったらしくて……このタイミングで誰かを探している何かしらの生き物となると、やはり……」
「俺らを探してる?」
「そういうこと? ええ~、うーん……ドリームランドでは普通に猫だったんだろ? 怪物怪物って呼んでるけど、猫なのかなぁ?」
それにしても、先ほど立てた「怪物が探している猫よりも先に自分たちが遭遇して交渉を試みる」計画を無に帰す情報である。恐らく自分たち以外に害は出ないであろうことが予測できたのでそこは朗報だが、次の手を考えなければならない。
今度は五匹で揃ってウ~ンと唸ってしばらく黙った。
「あの……それと、もうひとつ、共有を……した方が良いのかどうなのか分かりませんが、あの」
沈黙を気まずそうにしていたキクがやたら歯切れ悪く言う。
「ん? なんだよさっさと言えよ」
「はい、あの……ドリームランドでその猫は、私たちを探していたときこう言っていたそうです。『探している猫の名は、アルフレッド、アーサー、ギルベルト、キク』」
一瞬の間ののち、四匹の視線がすぅっと自分に集まるのを感じたルートヴィッヒは、ようやく自分がそこに含まれていないことに気付いた。
「え?」
「ハァ? ルッツは? こいつ無視? なんで? いや良いけど、むしろ良いけど」
「ちょ、ちょっと黙ってくれ、え?」
混乱しながらもルートヴィッヒはなんとか頭を回転させた。なるほど? よし。
「……そういうことならば……作戦の変更は必要ないな?」
ルートヴィッヒの発言に案の定ギルベルトが即座に噛み付いた。
「は? オイ待て何の作戦だ」
「探されている猫よりも先にそいつに接触してみようという話だっただろう。何故か幸運にも俺は探されていない方の猫だったようだからな、」
「お前ひとりで先にそいつと会ってみるってことか? その間俺らは安全な場所に引っ込んでか? おいふざけんなよ」
「ふざけてはいない」
「駄目、却下」
「ではどうする?」
「それを今から考えるんだよ!」
叫んでむっつり黙るギルベルトに溜息を吐いて、ルートヴィッヒも考えた。
野良猫たちの協力は得られそうにない。ならば今日の解散後、ちゃんと家に帰ったふりをしてこっそり抜け出して自分だけで……いや、夜の街は彼ら野良猫の庭だ、すぐ見つかってしまうだろう……
「みんなで動こう」
ふとアルフレッドがハキハキと言った。
「そいつが何なのか分からないけど、少なくとも俺たちの名前と住んでる街を正確に知ってるんだ。永遠に隠れ続けることなんてできないさ。ならみんなで動いて、全員でそいつと対峙して、話を一度に終わらせよう。アーサー、君も来るんだぞ!」
今までほとんど発言しなかったアーサーが肩を軽く竦めた。
「分かってるよ。得体の知れねえ何かから名指しまでされてるんじゃ仕方ない。……当然ルートヴィッヒも連れてくんだろ?」
「もちろんさ! 肝の座ってる重要戦力をここで無駄に減らすのは得策じゃないぞ!」
「ああ、それに狙われてない猫が一匹いてくれた方が何かあったとき対処してもらいやすい。……いいな? ギルベルト」
アーサーの念押しにギルベルトは拗ねた顔でわざとらしく鼻を鳴らしたが、特に反論はせず頷いた。

そして連れ立ってぞろぞろと街を歩いた。
出会う野良猫全員から「おっ何だ? 集会?」だの「ピクニックか?」だのと聞かれる。五匹も集まって練り歩いていれば目立つに決まっていた。アルフレッドは声を掛けてくる猫にニコニコと「極秘任務中さ!」と返しているが、アーサーなどはすでにうんざりした顔をしている。
「まぁ……これだけ目立っていれば、怪物さんもすぐ私たちに気付くでしょう」
キクがやんわりとしたフォローを呟いた。

そして夕闇が訪れる時間になった。細い月がじんわりと空に浮かんでいる。
五匹は現在適当な空き地に陣取って、だらだらと会話をしていた。意識的に互いを名前で呼び合う。怪物に聞こえれば良いのだが。
「やっぱり夜に出るのか?」
「これまでの遭遇例は夜間が多いが……確か夕方とかもあったな」
「あ~ワクワクしてきた!」
「アルフレッドは呑気だなあ……」
「私は眠たくなってきました」
「キクお前も呑気だな!」
謎の怪物を待ち構えているとは思えぬ空気だったが、そうするうちに夜の闇は深くなっていった。
そして唐突に、ルートヴィッヒはその声を聞いた。
『みつけた』
隣にいたギルベルトも気付いたらしく跳ね起きる。
「来た!」
そうギルベルトが叫ぶ間に、ルートヴィッヒは残り四匹を背に、それの前に立ちはだかるように飛び出していた。
現れた怪物は黒く、呼吸のたびに輪郭がぶわぶわと揺れ、大きな緑色の瞳を光らせていた。思い描いていたよりもずっと小柄だが、背筋がひやりとするような存在感があった。
「何の用だ!?」
先手必勝とばかりに叫ぶと、大きな目がぱちりとひとつ瞬いた。
「君は誰?」
不思議そうな声で問い返される。ここでようやくルートヴィッヒは怪物と無事にコミュニケートしていることを自覚した。普通に、会話が、できるじゃないか。
「俺は後ろにいる彼らの友人だ! そちらの用事を聞きたい」
「えっと……ただ会いに来たんだよ」
緑の瞳がふと細くなった。ルートヴィッヒの後ろを見て笑っているのだ。
「久しぶり~、なのかなぁ? どうかな? 俺のこと分かる?」
えっ、と思わず謎生物から目を離して振り向いてしまった。背後で仲間四匹はぽかんとした顔をしている。
「……フォーチュンさん?」
キクが呆然としたまま呟いた。黒いその生物はどこからともなくゴロゴロと喉を鳴らす音をさせた。
「えっフォーチュン!? 本当に!? うわぁ、もちろん覚えてるよ!」
「びっくりした! お前だったのか!?」
「なんだその格好! ちゃんとネコしろ!」
視線を戻すと、その黒い生き物はもぞもぞと身を捩っている。その拍子に瞳の位置が片方微妙にずれた。
「うーん、やっぱり、猫できてないよね俺? この覚醒の世界、ちょっと苦手でさぁ……」
「いやまぁ気楽にしてくれてりゃ良いけどよ、」
「会いに来てくれたのかい? わざわざ!? ありがとう、俺も会いたかったよ!」
「遠かったでしょう」
「元気にしてたみたいで何よりだ」
口々に言う友人たちを見ながら、ルートヴィッヒは細心の注意を払ってそろそろと静かに身を引き、彼らの邂逅の邪魔にならない場所へ移動した。ひどく安堵する気持ちと、困惑と多少の居たたまれなさがあった。
「ミロニムは? 一緒に来てないのかい?」
「ああ、うん。それね。今回はひとりで来たよ、ご主人が海辺で寝ちゃって退屈になったから」
「あ、……そうですか」
「それは、寂しいな」
「うん? まあそうかもね。でもこうやってお散歩で時間潰してたら、またそのうち海から帰ってくるよ」
ひたすらに黒い身体の中で唯一パーツとして見える瞳が、また少し位置を変えながら糸のように細くなった。
「ご主人は、ずっとずっと君たちに感謝してたから、改めて伝えておくよ。あのときは、ありがとう」
「うん。いや、当然のことをしただけさ。楽しかったしね」
「サルルブはその後、いかがです」
「良い感じ。次にご主人が帰ってくれば、もうすっかり元通りさ」
「そうか……良かった」
ルートヴィッヒは、聞こえる独特の単語からこの黒い生物が何なのかをおおよそ理解していた。いつだったか、アルフレッドとギルベルトが興奮しながら話してくれた愉快な冒険譚があったはずだ。なんだかよく分からなかったから半分ほどは聞き流していたが、フォーチュンという黒猫やミロニムというトカゲ人間のことは覚えていた。
荒唐無稽な物語に登場した猫が今目の前で黒い塊としてぼわんぼわんしているのは奇妙な心地がした。
誰もこちらに注目していないのをいいことに、ルートヴィッヒはフォーチュンをまじまじと眺める。聞いた冒険の中で彼は、ものすごく素早かったりものすごく器用だったり、不思議な力を使ったりしていたはずだった。アルフレッドとギルベルトはどのくらい誇張して語ったのだろう? それとも全部本当のことだろうか。こんなに曖昧模糊とした謎生物であるのを見るに、あながち嘘八百でもない気がしてくる。
そんなことを考えていると、ふとフォーチュンの緑色に光る瞳がその身体の中でスススと動いてルートヴィッヒの方を見た。視線が合ってしまい、ルートヴィッヒは飛び上がった。
「あ、そうだったごめんルッツ!」
フォーチュンのその仕草でようやくこの場にもう一匹猫がいたことを思い出したギルベルトが大慌てで寄ってくる。
「悪い悪い、お前のこと忘れてた!」
「あ、いや、すまない、ぼーっと聞いてしまっていた。外した方が良かったか」
「いやなんでだよ! 紹介させろよ! なぁフォーチュン、あのときこいつのこと話してたっけ? ルートヴィッヒ」
もはや一般的な生物としての形を保つ努力を放棄して開き直ったらしいフォーチュンが、目をその位置ごとぐるりと回転させてみせた。
「……一緒に来れなかった、って言ってた彼かな?」
「そうそう! そいつがこいつ! ルッツ、こいつフォーチュンっていって、ほら前に話しただろ」
「ああ、うん、今それを思い出していた。……初めまして。あの、さっきは不躾な真似をしてすまなかった」
「さっき?」
「最初にあなたが俺たちに声をかけてきたときに」
「ああ。気にしないで」
フォーチュンはぱちぱちと瞬きをして笑った。
「ルートヴィッヒ、君の友達に俺とご主人はいっぱい助けてもらったんだ」
「ああ、……本当にそうだったんだな」
「ルイス! 『本当に』ってなんだい、俺たちの話がでたらめだとでも思ってたのかい!?」
うっかり漏らしてしまった本音に、アルフレッドが即座に反応して喚く。ギルベルトはゲラゲラ笑い、アーサーとキクはものすごく微妙な顔で苦笑した。フォーチュンもその身体をぶわぶわ揺らして面白がっている。
「なら、今回、君にも会えて良かった。アルフレッドたちが君に話した冒険で、正真正銘、小さな世界がひとつ確かに救われたんだよ」
「……そうか」
「うん。ありがとう」
満足げに目を細めたフォーチュンは、ゆっくりと深い息をした。
「ああ……うん、会えて良かった。……さて、ここでの目的も果たしたし、俺はそろそろ行くよ」
「えっもう!?」
ルフレッドが飛び上がって情けない声を上げた。
「うん。ここではこんな格好になっちゃうしね」
「あっ、じゃあ、一旦みんなでドリームランドの方に移動して、それで」
「うんうん、アルフレッド、そうしても良いけど、それでももうさよならだ」
「フォーチュン、どうして?」
黒い生き物は、自由気ままな二つの瞳を真っ直ぐアルフレッドに向けた。それから順番に、アーサーとギルベルトとキクにゆっくり視線を合わせ、そして最後にルートヴィッヒを見た。
「俺はこれから長い長い時間をさっさと過ごす予定なんだ。だから、あの旅のときみたいに、君たちを道連れにすることはできないよ。だって君たち、今、ここに、大切なものがあるでしょ」
全員しばらく黙った。
その沈黙を破ったのはアーサーだった。
「……そうだな。俺たちは行けない。俺たちは、ミロニムにはもう会えないな。フォーチュン、お前とは違って」
アーサーのその言葉に、アルフレッドがひどく拗ねたように鼻を鳴らす音をさせ、それでも小さな声で「そうだね」と言った。ギルベルトとキクが微かに笑った。
「仕方ねえよな」
「はい。さようならですね」
ルートヴィッヒは黙っていた。彼らの友情と別れにルートヴィッヒは関係ないからだった。ただ友人たちの切ない寂しさと、初めて会った生物の強い優しさを感じ取っていた。
フォーチュンは笑った。笑って、その大きく美しく緑色に輝く瞳が見えなくなるほど目を細めた。瞳が見えなくなると彼は本当にすっかり真っ黒で不定形の塊でしかなく、そして夜の闇にするりと紛れていった。
五匹の猫は、それをじっと見送った。
「……フォーチュン! またねフォーチュン!」
突然大声でアルフレッドが叫んだ。残り四匹は驚いて飛び上がり、それからギルベルトが声を上げて笑ってアルフレッドに軽めのパンチを食らわせた。いきなりデカい声出すなビックリするだろ、とアーサーが文句を言っていて、キクは笑いを堪えて喉をクククと鳴らしながら震えている。
ルートヴィッヒは空を仰いだ。
ああ、この大切な友人たちが、あの黒い生き物に連れていかれなくて本当に良かった、と思った。

あんなに短い邂逅だったはずなのに、気付けば月は沈みかけて、細く淡く頼りなく夜空の端っこに浮かんでいた。


(おわり)